第35話 答え無き問い | |
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第36話 亜人の衝動 | |
第37話 頑健なる巨人 | |
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第36話「おい……無事か? アルトネール?」 「え……ええ……なんとか……」 さかのぼること数分前。 それは零児達がダリアと、バゼル達がラーグと戦っている最中のことだった。 ギンとアルトネールが乗っていたガンネードは、零児達と離れてさほど時間が経たない内に、何らかの衝撃を受けて、撃ち落とされていた。 否。それがなんの衝撃かはすでにわかっている。 アルテノスに突如として召還された巨大な竜《ドラゴン》、シーディスの一撃だ。 アルトネールはガンネードの手綱をギンに任せ、バゼルと連絡を取るために精神感応の魔術を発動させようとした。 その時だった。 シーディスはアルトネールとギンを乗せたガンネードを見つけ、即座にレーザーブレスを放ったのだ。 ガンネードはそれを受けてほぼ即死、アルトネールとギンはガンネードの体を引きずり地面に放り出された。 2人とも思った。よく生きていたものだと。 ギンはアルトネールに肩を貸して立ち上がる。2人の目に映っているのは、血溜まりを作って倒れているガンネードの姿。 レーザーブレスによって肉がえぐられ、焼けただれ、もう動かないであろうことは誰の目に見ても明らかだ。 半ば原型を失っているガンネードの姿を直視し、アルトネールは表情をしかめる。 しかし、いつまでも飛行竜《スカイ・ドラゴン》の死に意識を向けているわけにもいかない。それよりも状況を把握しなければならない。 アルトネールは即座に思考を切り替えた。 「私達が落とされたのは……偶然?」 「どうだろうな? 少なくとも俺にはそう思えねぇ……でなけりゃ……」 「……!!」 アルトネールは目を見開いた。自分達の目の前に立ちふさがる男を見る。 「明らかに俺達に敵意を持った男が、偶然で現れるとは考えられねぇ……!」 「そう言うことだ……」 目の前の男はそう言い放った。 長袖のポロシャツとジーンズ。短髪で強面の男。長身で、見るもの全てを圧倒するほどの威圧感がある。 彼の名はゴード。彼もまた人間を滅ぼそうとする者だ。 「なんだてめぇは?」 「俺の名を語る必要などあるまい……。そんなことより、自分達の状況を把握することに力を注いだ方がいいと思うがな……」 ここは大通りだ。今なおも、クロウギーンにおびえ、逃げまどっている人々が大勢いる。この状況下で戦えば、間違いなく犠牲者が出る。 さらに言うと、シーディスは先ほどから攻撃を中断し、自分達の方を見つめている。 つまり、巨大な竜《ドラゴン》であるシーディスと、眼前の亜人、ゴードの2人は、明らかに自分達を攻撃のターゲットにしているのだ。 「てめぇら2人揃って、やろうってのか?」 「そういうことになる。だが、お前達の返答次第では、戦わずにすむ選択肢も俺は用意している」 「?」 ギンとアルトネールはゴードの次の言葉を待つ。正直なところ、これだけの被害を放っておきながら話し合いもなにもあったものではない。 しかし、状況は明らかに自分達にとって不利。戦わずに済むのなら、その方がいいに決まっている。 「ギンとか言ったな……。お前も亜人なんだろう? 俺は、仲間は傷つけたいとは思わん。お前が戦わないというのなら、見逃してやってもいい」 その提案を聞いて、ギンは口元を歪めた。 「ハッ! 読めたぜ……。その代わりアルトネールは置いていけっつーつもりだろ?」 ゴードの表情が険しくなる。それは図星の証拠だった。 「だったら戦わずに済ますなんて訳にはいかねぇな……。俺はこれでも、グリネイド家のために生きて、戦ってんだ。自分《てめぇ》の命を主の命で買うなんて真似はできねぇ……」 「所詮水と油か……」 「ちげぇよ! てめぇの言ってることに無理があんのさ!」 ギンはズボンのポケットから黒い皮手袋を取り出し両手に装備する。 「手加減はしねぇぞ! アルトネール!」 「はい」 「俺はこいつを殺る! お前は、バゼルや零児達と合流を!」 「……」 アルトネールは無言のまま、ギンに背を向ける。 「そうしたいのは山々ですが……アレが見逃してくれそうもありません……」 アルトネールは空を……否、自らより数百倍の大きさを誇る巨大な竜《ドラゴン》の亜人シーディスを見上げる。 ギンはそれで気づいた。気づいてしまった。背中で語っている。彼女はシーディスに戦いを挑むつもりなのだ。 「ば、馬鹿か! あんなの相手になるわけねぇだろうが!」 「確かに……大きさでは圧倒的に不利でしょうね……。しかし……だからといって……」 彼女はシーディスを『見上げる』のをやめ『睨みつけ』た。 「あのような不届き者を放って置くわけにはいきません!」 「アルトネール……!」 「あなたは、その亜人をお願いします……私は、あの不届き者に制裁を加えます!」 そう言って彼女は片膝を付けて、ドレスのスカートをまくりあげる。右足の太股に備え付けられているのは、刃渡り20センチメートルほどの小さな短刀があった。 彼女はその短刀を、太股から腰のベルトに装着した。左手には魔術師の杖が握られている。 そして、ギンの瞳を見た。決意にも似た、戦士の瞳で。 「……」 ギンはその瞳を見て、それ以上は何も言えなかった。 アルトネールは女性としておよそ完璧だ。炊事も家事もできるし、執事やメイドなんて不必要なくらい生活能力もある。 同時に戦士としても魔術師としても最高位《ランク》の称号を持つ人間でもある。 ギンはその戦いを見たことはないが、今彼女の目を見てはっきりとわかった。 彼女は間違いなく1人の戦士として強い存在であると。 「あんたは俺達に必要な人間だ……だから」 「ええ。私は死にません……」 「ああ、死ぬんじゃねぇぞ!」 その言葉を最後に、アルトネールとギンは互いに背を向けた。そして、倒すべき敵を睨み付ける。 アルトネールは走り出した。シーディスを睨み付けながら。 「いいのか?」 その経過を黙って見つめていたゴードが問う。 「なにがだ?」 「お前が守ってやるんじゃなかったのか? あの娘を」 「でけぇ世話だな。それに、あいつは死なねぇよ。てめぇらだって、死なれちゃ困るんだろ? ならぜってえ死ぬことはねぇ。てめぇらに奪われたら、俺が助け出してやるまでだ!」 「その青臭さが、今の俺には羨ましい……。ならば教えてやろう。現実の厳しさを!」 「ひどい……」 同じ頃。町中をさまよう少女がいた。 チャイナドレスにも似たフォーマルドレスを身にまとった少女、白銀火乃木だ。 彼女は猫の亜人ユウと共に、舞踏会の会場で事が終わるのを待っているはずだった。 しかし、火乃木は黙っていられなかった。 なんとかしなければと思いユウの制止を振り切って町中に出てきたのだ。 自分に何かしらできることがあるのなら、何とかしたい。それが火乃木の思いだった。 だが、自分に何ができる? アルテノスで何が起きているのか。その状況を自らの目で確認して、結果自分の無力さを思い知らされただけだった。 零児の言う通りだった。 彼女は攻撃できない。 同じ種族であるはずの亜人も、コミュニケーションを取れるはずの人間も、クロウギーンという飛行竜《スカイ・ドラゴン》も。 無数に並ぶ死体は、人間も、亜人も、クロウギーンもひっくるめて無数に存在する。 足取りはとても重い。脳がしびれてクラクラする。吐き気がして、気持ちが悪い。 「どうしてこうなるの……?」 呆然と呟く。こんな状況認めたくない。とても直視できない。 民家の壁に背中を預けて、そのままズルズルと座り込む。立ち上がる気力さえでてこない。 「なんで……! こうなっちゃうんだよう!」 喉がカラカラに乾いてる。 指先がチリチリと震える。 目の奥が熱い。 怒りにも憎しみにも似たよくわからない感情が。グルグルと頭の中で渦を巻く。 「なんで……殺しあうの……。どうして傷つけあうの……?」 それは疑問であると同時に呪いでもあった。 現実をどれだけ嘆いても状況は変わらない。 そんなことはわかっているが、消えることのないドロドロとした感情は現状を呪うことしかできない。 「うう……っく……?」 嗚咽が漏れる。その時だった。 ――え? 火乃木は疑問に感じた。今まで感じたことのない感情。今の自分の感情にとてもよく似た憎悪の感情。 その感情は次々と噴出する。止めどなく沸きいずる憎悪の心。 ――憎い……? 何が? 自問自答する。しかし、その答えは明確だった。それを認めたくなくて、火乃木は首を横に振った。 ――違う! やり場のない怒りの矛先が、やり場がなかったはずの怒りの矛先が、知らず知らずのうちに1つの対象へと収束していく。 それを否定したくて火乃木は頭を横に振る。 ――人間が……悪い? それは人間に対する憎しみ。零児に拾われる前の火乃木が強く持っていた憎悪。 すっかり忘れていたはずの感情。それが感情の渦となって火乃木の心に塗り広がっていく。 ――人間が悪い。人間のせいで。人間さえいなければ。人間が……こんなことには、ボクがこんな思いしてるのは……。亜人が何をしたっていうんだよ! 「あ……レ?」 本心なのかそうでないのか、自分でもよくわからない。ただ、何となく、思った。止めどなく思いが噴出する。 ――人間のくせに。ボクのことをみてよ! なんでこんなことが平気でできるんだよ! ボクが何をしたっていうんだよ! クロウギーンは何も悪くない! ああ、死にたくない死にたくない死にたくない! 人間なんかいなくなっちゃえ! みんな死んでしまえ! 殺したい殺したい殺したい! 憎い憎い憎い! なんて憎たらしい! ボクたちの方がずっと強いのに、人間なんてよわっちぃくせに! あいつ等平気な顔して、なんであんなことできるのさ! あ〜ムカつく! ムカつくムカつくムカつく! 人間なんて死んでしまえ滅んでしまえ終わってしまえよわいくせにえらそうにするなメザワリメザワリメザワリスゴクメイワクナンデアイツラハイキテルノニ……! 「イヤアアアアアアアアアアアアア!!」 たまらなくなって思わず叫んだ。 ドス黒いドロドロとした感情。それに飲み込まれるイメージ。自分が自分とさえ思えないほどの憎悪の感情。 「違う……違う違う! こんなのボクじゃない!」 必死に今自分が思ったことを、今自分の心を支配していた感情を否定する。しかし、その感情が紛れもなく自分の感情であることもまた事実だった。 そう、確かに自分の感情だった。 同時に、その感情に対する強い違和感があるのもまた事実だった。 自分が自分であって自分ではない感覚。 そうとしか表現できない。 「ボクは……どうしてしまったの……?」 自分が怖い。今まで人間を心の底から憎んだことなどない。それなのに、唐突に襲ってきた人間への憎しみはいったい何なのか。 その正体がわからない。だからこそ自分が怖い。 もし零児が目の前にいる状況でこんな感情が沸き起こったらと思うと恐怖以外の何者でもない。 零児を殺してしまうかもしれない。そんなこととても考えたくない。 「あら? どうしたの、あなた?」 声は唐突に聞こえた。 火乃木はその声の主を見上げる。 何者かはわからない。黒髪に黄土色のミニのワンピースを身にまとった女だった。 「だ、誰……?」 「あたしはレジー。あんたと同じ亜人よ」 そういってレジーは火乃木の瞳を見つめた。 |
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